2012年7月4日水曜日

経過報告(7)

  日々のちょっとした話。(2012年7月)


  2012年7月31日(火)
  昔からツリ目キャラは好物だが、なかでも武藤氏(『花と乙女~』)、やくり氏(『神採り~』)、八宝備氏(『彼女×彼女×彼女』)の描かれるタイプの眼の造形は特に好み。上目蓋の輪郭が直線的ではっきりしていて、その鋭角な開き具合にはコミカルな(漫画めいたデフォルメの)ユーモラスさが漂っていて、そして眼全体は左右にしっかり広がっていて、水晶のような瞳の輝きもきれいに見て取れる。
  しかし、残念ながらあまり見かけないのは、「女性らしい」柔らかさと縁遠いからだろうか? あるいは、(好きな言い回しではないが)「きれいだけど萌えない」みたいな扱いをされているのだろうか? それとも、このスタイルだと「目の表情変化」をつけづらいことが、キャラデザに際して敬遠される事情になっているのかもしれない。宝生聖佳さんもユエラさんも織節真冬も、総じてクールで感情表現に乏しいとされる性格設定のキャラクターだからこそこの目で描かれた――描くことができた――のだろうし。

  今月の購入タイトルを手許のリスト(※)に入力している最中、自分が何故『お兄ちゃん、私みたいなまな板~』を買ったのか不思議に思えてきた。いや、後悔はしていないし、葉村氏主演作品なので願ったり叶ったりなのだが――「あんたはいつもそればっかりだな!」――、しかしこのタイトルをあらためて自分の手で入力していると、なんとも言えない気分に……。
  ちなみに、面白そうな作品や、好きなクリエイターさんの参加している作品でも、「ブランドの名前が気に入らないから」という理由で買わなかったりすることもあるという程度には、名前による好き嫌いは私の中でそこそこ重要な基準だったりする。キャラクター名字が作為的なもの(例えば刀匠シリーズ)も、本編では名字呼びをほとんどしていなかったとしても、本当につらい。
※――タイトル、ブランド、発売日、インストール容量、主要スタッフ、プレイ済みかどうかなどをまとめている表計算データ。わりと便利だが、ブランド独立などがあると扱いが厄介になる(例:旧CROSSNET系列の分裂独立、MeteorのSilver Bullet加入)



  2012年7月30日(月)
  ゲームインストール中の無聊にマニュアルを開いたらストーリーネタバレらしきもの(物語のキーアイテムとか、あるキャラクターの正体とか)を目にする羽目になったとしても泣かない。……って、これ、マニュアルじゃなくてパッケ同梱の特典冊子だったのか!(不注意)

  それはそうと。今月に入ってから体調がすぐれなかったのはきっとスイーツを御無沙汰していたせいに違いないので、おいしいお菓子を食べれば体力も回復する筈であって、だから私は食べていいし、むしろたくさん食べるべきに違いなく、それゆえここ数日の私がパフェやプリンやケーキやアイスクリームやシュークリームを食べているのはまったく正当な行為である筈だ。
  例の「○○が嫌いな女子なんかいません」はその誤解を普及させたという点のみならずその認識自体においても本当に愚かしく罪深い発言だと思うけど、それに比べると「スイーツが嫌いな女子はいません」は妥当範囲がはるかに広くそして人を不幸にすることもほとんど無いので、世間でも有効利用されることを望む。



  2012年7月28日(土)
  SHC新作。今回は本当に分かりやす過ぎるくらいに、このブランドの「架空社会のシミュレーション」としての注目点をアピールしている。傭兵団の中でも、個人的な利害関心や団体全体の目標設定に関する様々な立場の違いがあり、そして傭兵団と社会との関係においても、王国、都市、教会といったいくつもの勢力との間の関係が問題になってくる。そしてこの「都市の防衛」というSLG上のコンセプトは、それらがぶつかる場をあざやかに焦点化している。素晴らしい。いくつか公開されているイベントCGも、このシミュレーション世界における街の生活(と閨房)の有様を幅広く描いているのが見て取れる。『ブラウン通り』の店内CG、『巣作り』の配下メイドたちの活動を描いた数々の一枚絵、『LJ』のコゾーンたちの生活ぶり、『グリンスヴァール』の学園風景などをも想起させてくれる。
  設定面では、「教会」が前面に出て来たのが興味深い。これまでにも、『巣作り』の僧侶(マイム)や『BB』の神官ユニットや『グリンスヴァール』の「宗教家」卒業生などが登場することはあったが、しかし特定の信仰に基づいて結合した組織としての「教会」がこの世俗的な中世的作中世界で直接扱われたことは無かった筈だ。近世的世界の『海賊王冠』には教会があったが。……そういえば「銃器の量産を独自に成功させ」という言い回しも非常に隠微なニュアンスを含んでいるように見える。もしかしたら銃器(及びその前提としての火薬)のアイデアそれ自体はすでに一定程度知られている――ただし一般的には実用化及び量産の水準に達していない――ということなのかもしれず、時代設定自体が「中世」ではなく比較的新しい時代の物語なのかもしない。それと、「ライ"カ"ナ王国」というのはいかにも惜しい。もしもこれが『巣作り』で言及された「ライ"ト"ナ王国」だったら、かなり面白いことになりそうなのだが。
  キャスティングには何一つ文句は無い。 何作かに一回ずつ、今でも定期的に青山氏を主演に据えてくれるのはたいへん嬉しい(『アルフレッド学園』『LJ』『グリンスヴァール』『忍流』)。



  2012年7月28日(土)
  拍手押しまくりでふ!



  2012年7月27日(金)
  あまり予約をせずに行った今月の顛末。脳彼新作は、パッケージアートが予想していたよりも色味が赤に傾斜していてちょっとがっかりしたけど買った。Sh-sの新作STGは、新作棚に無かったので焦ったけど通常の棚で見つけて買えた。ついでに、こんまいのも買った(一種のライター買い?)。でぼのあれは、VFBやサントラをどこまで買おうか迷った挙げ句、結局『神楽』新作パッケだけにした。Liar-softは、通常版だけを買った。予約していなかった『レイライン』とアマクラ新作は、一般販売分が売り切れていて買えなかった。TRUSTの葵渚4作セット(『Cell works Collection Vol.1』)などという素晴らしいものが発売されているのは、店頭で初めて知った。ωstar新作は、てっきり全作黒パッケで通すのかと思い込んでいたので赤色パッケが意外だったけど、とりあえず買った。……あ、『クラ☆クラ』画集もあったのに買い忘れた!
  脳内彼女ブランドについては、彩色があまり好みじゃないとかコンセプトのわりに脚本が月並だとか今回の新作は一般受けに傾斜しすぎているようで不安だとか、だいたい言われているとおりの不満を私も持っているが、挑戦的な作品をリリースしてくれていたブランド初期をちゃんと買わずにいた負い目もあったりするので、応援の気持ちと今後の挑戦への期待を込めてしばらくついていくつもり。



  2012年7月25日(水)
  また松永さんのお声に浸りたくなってきた……あの恬淡としつつ異様に懐が深くて、しかも発声それ自体は特に旋律的でもないのに音楽的と言っていいほどの流れの良さがあって、そして常に享楽的な雰囲気を漂わせている、あの芝居ぶりを。その都度の役の空気を確立するのが上手く、言うなればミスキャストという言葉から最も縁遠い役者さんの一人だ(――日野氏[蝉丸繰莉役]や内藤氏[雪花役など]あたりはきっと当て書きしていただろうと想像しているが)。
  室内に積まれたパッケージを掘り返しつつ、松永氏のいろいろなお芝居をひたすら堪能できる作品というと、『DAISOUNAN』の序盤は独演会並の状況だったし、『あねいも2』も出番が多くて良い感じだったし、そういえば名高い(らしい)『パルフェ』は未プレイだったけど、『桜吹雪』の心を打つような真に迫った一幕も忘れがたいし、『雪鬼屋』では松永ヴォイスのモブ仲居ユニットを見つけて仲居配置画面でひたすらクリックし続けてSE音声を聴くのもやみつきになりそうなくらい楽しいし、……そうだ、『エーデルヴァイス』は主演(主役キャスト)だった!

  公式BBSによればSHC新作は音声収録が完了しているそうだけど、それなら早くキャスト情報を公開してほしい。ユーザーとしては、いまさら購入意欲が上下するわけではないが、期待感がよりいっそう具体的な形を取れるので。
  ちなみに、ここ一ヶ月ほどずっと、モバイル上でロウメイさんの画像を開いておいて折に触れて開いては頬を緩めている:[ http://shchara.co.jp/04develop/19mon/mon_2chara.htm#chara06 ]。あの世界では魔法使いというのは先天的才能に左右される存在で、エリートというほどではないがかなり貴重な特殊技能と見做されている。他方で、推測される時代状況からしてこの時点では科学――近代的な自然科学に相当するもの――は発達途上にある(例えば『王賊』には地動説は知られていないし工業生産もせいぜい水車動力に頼っている程度だという描写がある。これは魔法技術が生活全般に広く浸透しているせいでもある)にもかかわらず、「科学にも傾倒している」、すなわち不必要であり不確かな新原理にも積極的に関心を向けているという。これだけでも、その作中の世界及び社会の中で、非常に例外的で奇妙な――その世界の常識にとってはもしかしたら「矛盾」ですらあるかもしれない――知的態度をとっていることになる。さらに、何故か、グリンスヴァール学園の制服を着続けている。卒業生なのに何らかの事情で(あるいは何らかの考えがあって)あの学園制服を着ているのか、それとも在学中なのに異境の地にまで来ることになっているのか。ほんの数語の言い回しによってプレイヤーの想像力をかき立てるのは内藤氏のSLG的-TRPG的テキストワークの大きな武器だが、それにしてもこのロウメイさんのキャラクター紹介は(SHC共通世界を踏まえて見ると)様々な状況への複雑なつながりが窺われて興味深い。一方ではシックな黒衣の学生服と体の前で手を組んでいる控えめな素振りがもたらす印象と、他方でリボン及び頭髪の明るい配色そして鍔広帽子の影とのコントラストでよりいっそう明るく見える顔立ちからもたらされる清潔さと明敏さの印象と、その両者が不思議に同居しているキャラデザも面白い。リボンによる装飾も、その趣味そのものは素朴ながら、可愛げを窺わせる。主要キャラクターの中では最も小柄で、細身の体躯に見えるが、しかし同時に胸部の陰影からはきちんとした人間らしい体の厚みが見て取れ、そしてそのことが、このキャラクターが作中世界の中で生きているのだということをも強く意識させる。
  きっと自分なりの価値観と関心を強固に持ってそれを実行に移す能力もある聡いキャラクターなのであろうこの役は、――私の妄想では――金松氏の鋭敏かつ徹底的な芝居か、あるいは鈴田氏の瞑想的な雰囲気の芝居か、夏野氏のふてぶてしさと繊細さを絶妙に両立させた芝居か、あるいはもし叶うなら西田氏の思慮深いお芝居で演じられていたら、と思う。



  2012年7月22日(日)
  AVGのエンジンで実装しておいてほしいものは、マウスカーソル消去。つまり、一定時間マウスを動かさないとカーソルを消してくれるもの。操作要求の少ない読み物AVGではマウスカーソルは基本的に邪魔者であって、そしてそいつをゲームの最中にどこに置いておけばいいのかで困ることが多々ある。基本的には画面右端の下から30~40%くらいのところに置いておくようにしているが、それでも落ち着かない場合もある(――特に画面両端まで使って立ち絵を展開するような作品などでは、カーソルが立ち絵に干渉してしまってふっと興醒めしてしまうことすらある)。ワイド画面の作品ではカーソルを置けそうなスペースにも余裕があり、この点は助かっている。
  そういう事情もあり、最近ではマウスクリックではなくキーボードで進めることの方が多い。キーボード操作なら、マウスカーソルがウィンドウ外に出ていても入力を受け付けてくれるのが通例だし、それに(個人的に重要な問題として)人差指がクリック疲れせずに済む。ただし、予期せぬ別ウィンドウへの誤入力の虞もあるが。
  もちろんSLG作品には上記の問題はほとんど当てはまらない。



  2012年7月21日(土)
  blggrのユーザー画面が終極的強制的に新インターフェイスへと移行させられた。改善と言える部分もあるが、他方で利便性を損なっている変更点も多々あって、かなり不快。レイアウトも無駄が多いし格好悪い。javascript制御が増えたのも、融通が利かなくなったという意味ではマイナス。日本語もところどころおかしい。いくつかの重要なボタン位置が以前のインターフェイスから大きく変わっているのも、ストレスになる。まあ、当面は我慢して付き合っていくつもりだけど。



  2012年7月21日(土)
  『星空のメモリア』はあまり褒められないという評価に落ち着いてしまいそうだ。脚本家の腕は良い(つまりテキストワークは行き届いていて楽しい)し、背景美術もいつもどおり武骨な着彩で印象深く造形されていてとても良い(特に夜景や夕暮れの「空」背景は、本作全体の美的イメージ形成にとって決定的に重要な絵であるが、その出来は十分に素晴らしい)し、細かな画像素材(カットイン)もきちんと用意されていて非常にしっかりした作りではあるのだけど、画面構成とスクリプトワークに疎漏な点が散見される。不自然なまでに拡大された立ち絵アップ継続や、テキスト上の状況と立ち絵表示サイズの齟齬、顔面すら見えない極端な立ち絵画面端見切れ、あるいは立ち絵画像の足下切断(画像表示位置がウィンドウ最下段に合っていないため空中浮遊して見える)など。――いや、基本的には十分丁寧に作り込まれているのだが、しかしながら、『ウィズアニ』のFVPS演出で感じられたダイナミックで意欲的な表現スタイルや『はぴマ』の素晴らしい広がりを持った空間性表現とは比べるべくもなく退屈だ。BGMも私の好みから外れていてつらい。『いろとりどり~』までプレイしてからFAVORITE美術についてもう一度慎重に再考し跡付けていくつもりだったが、以前にこの雑記欄で書いた『はぴマ』までの経過報告のままで良いかもしれないと思えてきた。要するに、少なくとも『星メモ』に関して言えば、演出技術の点でも表現全体の質においても、旧作からの深化や新機軸はあまり見出されなかった。
→ということで、単独記事にしてみた:「FAVORITEブランドの美術設計について」

  ところで、このブランドの正式な表記はどれなのだろうか。例えば公式サイトは、ページタイトルは「フェイバリット」と片仮名書きだが、図像化されたロゴは「Favorite」だし、その下には「FAVORITE Official Home Page」と全てアルファベット大文字で書かれている。倫理機構の登録ブランド名あたりを知ることができるならそれに準拠するというのも手だろうけど、もちろん私は知り得ない。会社名自体は「有限会社フェイバリット」の筈。
→後日追記。パッケージのコピーライト表記に従うかぎり、「FAVORITE」が正しい模様。



  2012年7月21日(土)
  [ http://www.studio-ryokucha.com/img/top-visual_raji.jpg ]
  「祝桜らじお」のパーソナリティが……

  咲ゆたか(北園紗夜 役)/有栖川みや美(青野七歌 役)

  なんと予想外の……驚きと嬉しさで言葉も無い。
  (お二人とも緑茶作品には初出演の筈。お二人の共演は……これが初めて? そして咲氏はラジオ出演も初めて? ラジオはいったいどういう雰囲気になるのだろうか)



  2012年7月20日(金)
  『神楽』シリーズの「白山奏」さんのキャラデザが、どこかの誰かに似ていたような気がしてずっともどかしい思いをしていたのだけど、今日ようやく気付いた。どうやら自分は「真宮寺さくら」を無意識に連想していたのだった。とはいえ、似ているのはせいぜい鴇色基調の和服と、ふわっとした大きな赤リボンと、明るめの(真黒ではない)黒髪くらいで、性格設定もお声もずいぶん違うのになあ。

  先日公開した「BGMによる場面転換制御」は、このblggrとしては珍しいことに結構なアクセスがあったようだが、文中の註で演出論(Ⅳ章4節3款)のページにリンクを貼っていたにもかかわらず、そちらへのアクセスはほとんど無かった(――blggrのアクセス統計データでは見えないレベル)。割合にして0.6%以下。註のリンクまで読まれなかったという可能性だけでなく、そもそも「場面転換」本文を読まずに直帰されたという可能性もあるが、いずれにせよ私のテキストがどのように読まれているかについて示唆を与えるものだ。
  blggrに標準装備されているアクセス統計ではたいしたことは分からないしあまりチェックもしていないのだが、今回に限らず、web上で個々の記事を見に来る閲覧者はどうやら記事執筆者がどのような人物であるかをほとんど気にしていないように思われ、そして私にはその無頓着さは驚くべきものだった。ここで言っているのは個人に対する好奇心の話ではなくて、当該テキストの信頼性を見積もるための手掛かりとして、執筆者がどのような知的バックグラウンドを持ち、web上でのテキスト公開(に伴う内容上の責任や社会的責任)についてどのような姿勢を持ち、どのようバイアスの可能性があり、そして当該記事にまつわる議論領域や問題関心に照らしてどのような認識とどのような企図の下にそのテキストを執筆し公開したであろうかを確認しておくという意味だが。web上のテキストを含めて、言葉で書かれたテキストのほとんどは――数式やプログラムのような例外はあるだろうが――、そこに含まれる個々の命題について必ずしも十分な根拠が明示されているわけではないので、それら個々を、あるいは文章全体を、どこまで信じて受け入れることができるかは当然ながら曖昧なままであって、読者はテキストの信頼性をその都度自分で判断しなければならない、あるいは常に暗黙裡にその判断を行っている。それは、当該テキストの用語法を読み手が自分の言語とチューニングするためのものであったり、あるいは書き手が特定の作品や分野に対してどこまで通暁しているであろうかを見積もるためのものであったり、あるいは文中で述べられている個々の事実がどこまで信頼できるか(嘘が無いか)の基準であったり、あるいは論証上の飛躍をどこまで信じて付き合えるかを判断するためのものであったりする。とりわけ、一定以上の水準でシリアスに書かれたテキストの場合に、そうした手掛かり無しにそのテキストを適正に評価しようとするのはかなり難しいと思うのだが。

  ついでに書いておくと、このブログへのアクセスは、最近でも『BB2』目当ての方が多いようだ。先程も書いたようにblggrのアクセス統計はごく簡単なものでしかなく、詳しいことは管理者自身にも分からないが、現時点で統計を見るかぎり、来訪者の3割くらい(?)は『BB2』攻略情報目当てのアクセスのように見受けられる。発売から何箇月も経っても検索アクセスが多いのは、1)SLG作品(への関心)は息が長いのか、2)それとも「すぐにはプレイしないことが多い」のか、3)あるいはただ単にこのブログにはゲーマーの興味を惹くような記事が他に無いからか、事情はよく分からないが。
  いずれにせよ、このブログは基本的に自分自身以外の読み手の存在を念頭に置かないメモの集まりというつもりで作っているので、定期的な来訪者がいらっしゃるなら心苦しく思う。その点では、twは本当に良いシステムだった。ただフォローしておけば、自動的にその都度のテキストが配信されて、そしてしかもそれらを読んでも読まなくてもいいという適当さ、気楽さがあった[tw:2010年10月29日 29157875023 / 29157945398 ]。ただししかしそれでも、自分のテキストが「つまらない」とはけっして言わない。もちろん「面白い」とも言わないが。テキストを公開する作者はそれを無価値だと言ってはならないと思う(無価値なら公開せざるべきだ)し、そして言っても無意味である(価値を判断するのは読み手の側だ)と考えているので。



  2012年7月18日(水)
  [ www.kamesan-law.com/tokusetsu/BL.html ]
  BLだ! ほんとだ! BLだ! 料金も(801*10^n)円だ! ……BL?



  2012年7月18日(水)
  次は「一枚絵の機能と価値」について、これまでの考えを自分なりにまとめておきたいが、しかしこれはかなり手間の掛かる仕事になるだろう。いや、手間の問題以前に、自分の中で思考の蓄積と熟成がまったく足りていないので、そもそも論述の枠組を構想することすら難しい。一枚絵(イベントCG)は、プレイヤーに対するある種の「褒賞」として認識されることが多いが、その見解はいかにして、そしていかなる範囲まで、妥当であると言えるのか。それ以外の役割として、どのようなものがあるのか。あるいは、一枚絵シーンの特徴としてどのようなものがあるか(――例えばテキストワークに変化はあるか、インターフェイスが変化する実例としてどのようなものがあるか)。一枚絵以外の素材(カットイン、立ち絵、背景)との異同はどのように捉えられるか。等々。
  個別的な検討対象としては、1)しばしば「映像的」という(もしかしたら誤った)肩書きの下に曖昧な言及ばかりが為されてきたminori及びageを、2)一枚絵基軸ではないアプローチでその都度特有の画面構築を行っている『白詰草話』『カルタグラ』『SWAN SONG』『恋色空模様』などを、そして比較対象として3)SLG+AVGにおける一枚絵の利用形態と4)3Dゲームの様式性を、きちんと取り上げることが出来たらと、そしてなかんずく表現様式の観点でこれまでほとんど実質的な分析を受けてこなかったと思われる――そして"非"褒賞的な一枚絵使用の重要な試みと見做されるであろう――『Forest』について一定の示唆を与えることができたらいいなと、無謀にも夢想している。あ、あと、全編が一枚絵のみで構成されている『だめがね』にもこの関連できちんとした評価を与えられたら。
  同人作品にも言及したいが、まずは商業作品を対象範囲としてどこまで書けるか試してみたい。ただし、商業/同人という区分それ自体は――例えば「アダルト/非アダルト」「コンシューマ/PC/モバイル」といった区分と同様に――単なる市場的(慣習的)なものであって理論上の意味は何も担っていないのだが。



  2012年7月18日(水)
  医学部生なら、人体解剖学の教科書を傍らに置きつつ肉料理のランチを食べるくらい朝飯前。



  2012年7月18日(謎)
  プチトマト完食おめでとうございますー。



  2012年7月15日(日)
  公開した。 →「BGMによる場面転換制御をめぐって」
  議論が二つの論点に分かれてしまって、あまりまとまりの良い文章ではない。総論としてのBGMの機能の分類整理と、各論としての『アトラク=ナクア』演出分析を、なんとか連動させるように書いたつもりだが、結局最後まで両者の懸隔は埋めきれなかった。筆者自身の理解の甘さを露呈するかのように、タイトル自体もいかにもぎこちない(――正題と副題を逆にした方が良かったかもしれない、というか最初はそのつもりだった)。しかしそれでも、『アトラク=ナクア』について言いたかったことをなんとか言葉にすることができたのは嬉しい。



  2012年7月13日(金)
  『アトラク=ナクア』を再プレイ。この作品の音響表現(BGM使用)について、今度こそ一度きちんと書きまとめて公開したい。用いられている技法それ自体を呼称し定義し指摘し説明するまでは問題無いのだが、それによって現れている(あるいは、プレイヤーが感じ取る)ものを言語化するのがたいへん難しい。今週末のうちにはなんとかしたいと願いつつ、該当シーンを繰り返しプレイして煩悶している最中(――ちなみに、少なくとも廉価再版の方は、win7[64bit]でも一応まともに動作する。ただし、そのままではBGMがループしないため、ある重要な効果が十分には再現されないが。「八重坂"高校"」になっているオリジナル版の方は未確認)。
  そして、この機会にそれと併せて、PCゲーム表現の中でBGMが果たしている機能についても一定の展望を提供しておきたい。何年も前から、たしかtw上でも、これについては何度か中途半端に言及を繰り返してきていたが、なんとかして手掛かりだけでも提示しておきたい。

  あと、学園設定の多様化(個性化)について以前に準備しかけていた資料も、結局不完全なまま時間ばかりが過ぎてしまったので、諦めてそのわずかな資料部分だけでもこのblggrで公開する。いつか誰かの何かの足しになったりするかもしれないというはかない期待を込めて、そして、中身をろくに読み返しもしないまま。 →「PCゲームにおける『学園』造形についての覚書」同・資料編



  2012年7月11日(水)
  自分は今まで、水霧氏とみなづき氏を混同していた模様。声優ファンとして自裁すべきである。



  2012年7月11日(水)
  今もって「ひくい かるい ぺったんこ」の秀逸さはまったく損なわれていない。



  2012年7月8日(日)
  書き出してみたらわりと長くなったので、久しぶりに単独の記事にした:「PCゲームにおける黙説」
  ところで、個々のゲームの発売年がすぐに思い出せなくなっているあたり、そろそろ私の頭は本格的に衰えつつあるのかもしれない。2007年や2009年の作品ですら、確かにこの年だったと自信を持って書けなくなっている――だから手許のデータやEGScapeを何度も参照する羽目になった――のは、かなり危険な徴候だ。
  ともあれ、準備作業(予備学)としての演出技術論はあんな感じでもういいかと思えてきたので、これからはこういう各論的検討を一つずつ積み重ねていきたい。形式的な演出技術論ではなく、実質的演出論として、あるいは正格の表現システム論として。



  2012年7月7日(土)
  softhouse-sealの新作STGのタイトルが「犯」すという言葉を何の衒いも躊躇いもなく使っているのを見てわりとショックを受けたのだが、振り返ってみればそれは商業アダルトゲームのタイトルでこの直接的な言葉を使っている例が少ないということでもある。例によってEGScapeで検索してみたところ、この単語を動詞として用いているのは、当のsofthouse-sealの7本を除けばわずか9本のみであり、しかもその半数以上(5本)が婉曲的にも受動態(「犯され~」)で用いている。ことによると倫理機構などの作品外在的事情が関わっているのかもしれないが、それでも数千本の商業タイトルの中でこの蹂躙行為を指示する言葉の使用が差し控えられ続けているのは、商業アダルトゲームの下品になりきらない節制の空気を示唆するようで興味深い。ちなみに、同人分野にはこの単語を放恣に強調している作品がいくつもある。
  いずれにせよ『淫力吸しゅ~!』は買うつもりだが。九尾キャラクターが登場するようだし。



  2012年7月6日(金)
  さあ、「姉さんに一途に恋するADV」を早くプレイするんだ! 眼鏡も着用してくれるんですよ!



  2012年7月5日(木)
  思い返してみると、『Piaキャロ3』(2001年11月発売)から『水月』(2002年4月)の頃のF&Cは、私にとって一種のPCゲーム原体験のようなところに位置づけられているのかもしれない。もちろん、これらが本当に最初にプレイしたPC(男性向けアダルト)ゲームだというわけではなく、その当時すでに十指に余る本数をプレイしていた筈だが、しかしこの時期のF&Cは私にとって原風景的に強烈な印象を――あるいは少なくともPCゲームの美と価値の一つの指標を――与えてくれたという意味で、現在に至るこの私を構成する特別な一部分になっていたように思う。
  とりわけ『Piaキャロ3』の、輝かしいほどに美しい当時のF&C塗りと、常に浜風と陽光(を示唆するエフェクト表現もあった)の舞台とともにあるフローラルミントの制服の爽やかさと、ひたすらに享楽的な(ただしビデオや覗きそしてナンパといった現実ベースのいかにも「男子」的な趣向の色濃い)空気と、そしてそれらが住み込みアルバイトというこれまた世俗的な状況設定の中でシステム化されたそのフィクション空間全体は、PCゲームの楽しさを――あるいはフィクションの感性的な楽しみの可能性を――教えてくれていた。また、そのスケジューリング制ゲーム体系の中で見え隠れしつつ断片的に進行していく物語も、それらの微妙なイベント差分変化の味わいも、隠しヒロインまで取り込んでいたその教育的なフラグシステムも、そして3種の制服差分システムに由来する周回プレイの煩雑さも当時はまったく苦にしないばかりか「この楽しいゲームを反復してよい積極的理由」として心から享受していた。当時は特に、箒を携えた年上の管理人ヒロインとの逢瀬を楽しんだり、捕まえにくい金髪ポニー眼鏡ヒロインに近づいてみたりしていたが、麦藁帽子のメインヒロイン――それを演じていた方のお声には数年後別の作品で再会することになった――との間のいくつものシーンもやはり忘れがたいものだった。
  『水月』については、十年後の現在でもまだ自分の中で整理がついたとは言いがたいが、生硬さの残る文体――脚本家は前作『CANVAS』では学園恋愛ものにもかかわらず「ハードボイルド」などというフレーズを掲げていたような人物だ――とその縦書き表示と、記憶喪失主人公による目標の判然としないプロットに導かれて、ゲーム空間をふらふらしつつ、最後にタイトル画面が暗い淵の水面から白く輝く大樹の画像へと切り替わるのを目にした時に深い満足を覚えたのは、今でも記憶している。おおくま氏によるBGMも、サントラを買って年に数回は聴いているくらいには愛着がある。ただ単に美しいBGMというだけでなく、AVG表現にとってのBGMのあり方(音響表現の表現効果上、構造上の意義)についての意識を触発された最初のきっかけも、この作品だった筈だ。
  結局のところ、この時期のF&Cは私にとってゲームの美の象徴のようなものだったし、そして今でもそれらから得たものを裏切らずにいたいと思っている。

  ……昔だったらこんな書き方をけっして自分に許しはしなかったであろうが、まあ、たまには。F&Cに対しては毀誉褒貶が甚だしいが、しかしPCゲームを幅広く普及させつつこの分野に数多の作品と人材と実験成果をばらまいてくれたこのメーカーを、今でもやはり悪く言う気にはなれない。



  2012年7月5日(木)
  『平グモちゃん』ははなから買うつもりだったので公式サイトもろくにチェックしていなかったのだけど、ゲームシステム紹介ページ[ http://www.liar.co.jp/hira_system.html ](※アダルトゲームサイト注意)を見てみたらどうやら昔懐かし『行殺』の発展形のようなフェイスアイコン進行になっているようで、いよいよ楽しみになってきた。顔窓に小さなフキダシを付けて同時科白の多重進行になっているように見えるサンプル画像もある。

  EGScapeの発売前タイトルの個別ページに「関連しそうなつぶやき」などという欄が設けられているのに気付いて、今日初めて肯定的な気分で「twから撤退していてよかった」と感じてしまった(――そういえば、以前のtwアカウントは最終ログインから6ヶ月が経過したのに利用凍結も消滅もしていない。さっぱり消滅していてくれた方が気楽だったかもしれないが、どうしたものか)。



  2012年7月4日(水)
  たしかに『水月』OPムービーは、今観てもたいへん印象深く素晴らしい。言葉でただ記述するかぎり、そこでなされているのは非常にシンプルな処理ばかりであり、使用されている画像も極端に少ない。しかしその構成は正確に作品コンセプト全体と歩調を合わせている。ピアノをベースにいくつもの楽器が室内楽的に遠く広く響き合うおおくまけんいちの曲――ちなみに声楽を伴わない純器楽編成なのも2002年当時の作品として意識的な選択であろう――の上に、ヒロインたちの姿がぼんやりと浮き出てきて、しかしなかなかピントが合わされず、彼女等の不確かな像ははかなげに明滅しつつ消えていく。フィルムノイズを模した白線が頻繁に画面を覆っているのも、これらの像に対する「距離の遠さ」を執拗に強調し続けている。そして1:30すぎから、これまでは単なる滲みのような「地」の模様と見えていた白と牡丹色と露草色の混ざり合いが、この作品全体を支える存在たるある一人のキャラクターの姿であることがもどかしく判明してきて、そして最後に満月を背負って振り返る彼女の全身がロングショットでゆるやかにたち現れて、そして途絶して終わる。
  記憶では、本編中でこのOPムービーが挿入されるタイミングも、たしか那波に押し倒される幻想的なシーンを引き継ぐ絶妙の配置であったかと思う。ただし、win7機ではおそらくコーデックを対応させなければ(製品版のAVIファイルが)再生できないが。



  2012年7月4日(水)
  [ http://www.softpal.co.jp/accent/project/project27/character/chara_06.jpg ](※左記リンク先はアダルトゲームサイトにつき注意
  これはまさか、北見六花氏の海兵隊ソングが聴けることになるのか? まったく個人的な印象としてこれまで北見氏にはオタクっぽいイメージが無かったのだが、もしかしたら案外こういう作品のこういう役にも適性があったりするかもしれず、早くも興奮が抑えがたい。キャラクター苗字は、日本各地のオタク街/電気街だろうか? 日本橋(大阪)、大洲(=大須:愛知)、天神(福岡)、大宮(埼玉)、大手町(広島)、青葉(仙台)という理解でたぶん合っていると思う。オタク密度という観点では、新潟と北海道が含まれていないのが残念だが。

  『FMJ』ネタは、これまで少なくとも青山ゆかり氏(『黒の図書館』)、芹園みや氏(『ク・リトル・リトル』)、春日アン氏(『巣作りドラゴン』:「給料分! 給料分! 給料分!」)、木村あやか氏(真路乃の台詞各所)で聴くことができ、それぞれに面白かった。ポピュラーなネタなので、きっとまだ他にもあるだろうが。

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