2013年5月15日水曜日

瞳孔表現の変化についてのごく私的なメモ

  瞳孔表現の変化についてのごく私的なメモ

 
  近年のキャラクターCGで、小さく瞳孔を描き込むスタイルが広まりつつあるが、個人的にはいささか苦手。隣接分野のアニメでは「白目-虹彩-瞳孔」の3層が表現される(さらに瞳孔に白いハイライトが描き込まれる場合もある)ことはよくあるが、それに対してPCゲームや美少女イラストCGで長らく優勢だったのは宝石のような大ぶりな虹彩表現であった(――おそらくF&C~Leaf東京開発室によって主導されてきたと考えられるスタイル)。その中では瞳孔表現はしばしば省略され、あるいはなされるとしても、(1)あくまで黒目全体の中の一部分として虹彩と連続的にデザイン化された曖昧な楕円形的曲面として(ここでは瞳孔は虹彩の中央には描かれず、上側に寄せて描かれるのが通例である。恣意的な例示として:『THE GOD OF DEATH』『紅神楽』『11eyes』等々)、または(2)虹彩部分を自身の周縁へと追いやるほどの巨大な「黒目」として(例:『とびでばいん』『夏めろ』)、または(3)多重同心円めいた階調表現の単なる一部分として(例:『彼女たちの流儀』『ひめしょ!』『朝凪のアクアノーツ』)取り込まれているに過ぎなかった。それどころか、(4)周囲の虹彩(である筈の)部分が黒い縁取りとして扱われ、その中央の黒い瞳孔になる筈の部分がブルーやブラウンの色に塗られているという逆転表現すら、けっして稀なものではなかった(例:『ねがぽじ』『めぐり、ひとひら。』)。そしていずれの場合でも、瞳孔部分は黒ではなく、しばしば虹彩と共通の色合いに染められている。
  これらと対比されうる新たな造形として、「大きく透明感のある従来型の虹彩表現の中央部分に、虹彩部分から明確に区別される小さな黒点のかたちで瞳孔を描き込む」というものが、近年明らかに有力なスタイルになりつつある。
  私個人としては、最初に意識したのは、ここのか氏が原画を手掛ける『はっぴぃ☆マーガレット!』(2007)だった。その他に『シンシア』(2004)、『わんことくらそう』(2006)、『てとてトライオン!』(2008)といった作品も経験していたが、それらの徴候的実例を当時の私は、原画家の個性または当該作品に特有の美術設計のみに由来する完全に個別的な特殊事例だと見做していた(――実際、ここのか氏は、それに先立つ『委員長は承認せず!』[2006]までは黒点瞳孔を描いていなかったが、上記作品以降は原画担当作品でもSD原画でも黒点表現を行うようになっている)。しかし、この黒点型瞳孔表現は次第に――おそらくは2008年頃から(?)、白箱系フルプライス作品を主戦場として――普及していき、現在ではかなり広汎に、そして今やごく一般的な眼球表現の一様式として、見出されるものになっている。2012年発売作品の中には、サンプルCGで概観するかぎりでも、『この大空に、翼をひろげて』『Princess-Style』『&』『アオリオ』『1/2 summer』『魔王のくせに生イキだっ!』『らぶらぼ』『古色迷宮輪舞曲』『淫蟲猟域』『KISS+100』『リヴォルバーガール☆ハンマーレディ』『妹びらいざー!』『中の人などいない!』『彼女はオレからはなれない』『LOVELY QUEST』『九十九の奏』『祝福の鐘の音は、桜色の風と共に』『催眠遊戯』などがこれに該当する。『喰ヒ人』『氷華の舞う空に』のように、黒点ではなく、ハイライトのような白点として描かれている場合もある。
  この黒点瞳孔という新たなスタイルが何を契機として生じ、また何を目的として行われるようになったかについては、私には十分な仮説や証拠を述べる用意を持ち合わせていない。暫定的な推定としては、アダルトゲーム分野においてはFAVORITE(『ウィズアニバーサリィー』:2006年)を先駆として、CUFFS/Sphere(『アメサラサ』2007年、『ヨスガノソラ』2008年)、UNiSONSHIFT(2007年の『ALICE★ぱれーど』『Chu×Chuアイドる』の頃からその予兆が見られる)、light(『タペストリー』2009年)、ALcot(『幼なじみは大統領』2009年)あたりが直接の震源地になったのだろうかと考えている。
  この変化は、対外的に他分野(例えばLNイラストレーター)からの影響として捉えうる側面もあるだろうし、対内的には部分的には原画家(イラストレーター)を中心とするグラフィックスタッフの世代交代の現れとして把握することもできそうだが、しかし同一個人または同一ブランドが様式移行している例も少なからず存在する。例えばあかつき氏は、『わんことくらそう』(2006)で徴候的に現れていた黒点瞳孔への傾斜が『にーづまかぷりっちょ!』(2007)で顕在化し、そして『りんかねーしょん☆新撰組っ!』(2009)に至っては近年の黒点瞳孔にほぼ等しいスタイルが見て取れるようになっている。例えば、もりたん氏が原画担当を務める作品も2011年以降、黒点瞳孔を伴うようになっているし、SkyFishも『蒼穹のソレイユ』(2011)から『紅翼のソレイユ』(2012)にかけて黒点瞳孔へと転換している。ういんどみるも、『色に出でにけり わが恋は』(2010年:無し)から『Hyper→Highspeed→Genius』(2011年:有り)へと移行しているようである。
  ただし、一作品内部でもしばしば黒点瞳孔の有無は必ずしも統一されておらず、また、個人やブランドの単位で見てもその有無は不可逆的な移行ではない。興味深い例を、以下に挙げてみよう。HOOKSOFTが鈴平氏らとともに制作した『さくらビットマップ』(2010)は、黒点瞳孔描写を行っていないが、しかしHOOKSOFTも鈴平氏もそれ以前に黒点瞳孔を扱ったことがある。瞳孔表現のような局所的な様式選択には、個別作品コンセプト、ブランド、ブランド内チーム編成、原画家、CG班などの事情が複雑に絡み合っていると思われ、分析は困難である(――公開されている原画のいくつかの例を見るかぎり、黒点瞳孔は原画レベルで描き込まれていることが多いように見受けられる)。

発売 タイトルブランド原画家(一部)黒点瞳孔
2006 Really? Really!Navel鈴平ひろ
2007 Honey ComingHOOKSOFT
2008 ヨスガノソラCUFFS鈴平ひろ
2009 SuGirly WishHOOKSOFT
2010 さくらビットマップHOOKSOFT鈴平ひろ
2011 Strawberry NautsHOOKSOFT
2012 月に寄り添う乙女の作法Navel鈴平ひろ
2012 LOVELY QUESTHOOKSOFT
※ HOOKSOFTは、『Honey Coming』発売時点のブランド名はHOOK。

  『恋剣乙女』の公式サイトを見ていてあらためて気になったので、getchuサイト内をうろつきながら文章にしてみたが、挙げているタイトル数のわりに展望全体が恣意的なままで、あまりうまくいっていない。これも画像引用した方が分かりやすくなった筈だが、正式な論述の記事と見做されないためにも、画像掲載は今回も差し控えている。また、個別タイトルの瞳孔表現のチェックは、基本的にgetchuで確認しただけなので、誤りが含まれる可能性がある。いずれにせよ、縮小画像で小さな黒点の有無を注視して回る作業で目が疲れた。

  以下雑感:このような極端に小さな黒点瞳孔は、どのような事情で成立してきたのだろうか? たとえば、"写実"志向の緻密化という観点からは、このようなデフォルメの発想は出てこないだろう。みつみ風アルカイズムの弱点を克服するため――つまり表情付与や視線強調のため――である、という仮説も現時点では説得力に乏しい。個人単位での場当たり的実験と見做すには、あまりにも特異な新機軸であり、しかもあまりにも広汎に普及しすぎている。イラストの美的要請に由来すると――つまり美的創造性の範疇で捉えられるべきものだと――考えるには、あまりにもサイズが小さすぎるし、またそもそもこの黒点瞳孔を好ましく感じるかどうかはかなり意見が分かれるところだろう。もしかしたら、美的造形のためというよりも、イラスト制作過程において特有の心地良さを伴う画竜点睛行為であるといった事情があるかもしれない。いずれにせよ、その急速な普及ぶりに比して、その表現効果の分かりにくさはあまりにも謎めいている。今後5年くらいの間はこのスタイルが幅広く浸透していきそうだし、もしかしたらこのまま美少女イラストの基本形として定着するかもしれないので、それに対する自分なりの向き合い方を早めに確立しておきたい。

  リンクメモ。
●[ http://cgkouza.blog93.fc2.com/blog-entry-19.html ]:2012年3月に著されているこのCG講座の記事では、黒点瞳孔を描き込むことはすでに自明視されている。
●[ http://wd3ie.posterous.com/101531287 ]:同じような指摘をしている記事。2012年2月頃の投稿のようである。黒点瞳孔が最近の(00年代後半以降の)新しいスタイルであるという認識もおそらく共通している。


  (2012/11/18公開。2013/05/15単独記事化)

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