2013年6月1日土曜日

経過報告16

  今やただの声オタであります。(2013年6月~)


  2013/06/11(Tue)

  おしまい : 一週間ずっと考えた結果、こうします。



  2013/06/04(Tue)

  男の娘キャラが胸をはだけている場面のSSをここに掲載していいのだろうかという余計なことでしばし頭を悩ませていた。

  「お手々○○○」という言葉をnoukano作品で初めて目にした時は、掌に穴が開いてモノを飲み込むホラーSFめいたイメージが脳裏をよぎって、そのシーンの趣旨とは異なる方向性で興奮してしまいそうになった。


  『南十字星恋歌』の主人公は眼鏡キャラなのかな……?
  [ http://www.studio-ryokucha.com/nankoi/img/topv.jpg ]
  公式サイトのトップ画像右側の、このデフォルメキャラが主人公であるならば。


  web上の諸々に対する嫌悪厭悪が積もってそろそろ閾値を超えそうなので、しばらくブログを非公開化するかも。



  2013/06/03(Mon)

  木村氏の芸域の広さ――あるいは、起用されてきた役柄のヴァラエティ――については以前にも書いた(2013/04/29付雑記)し、PCゲーム声優の中でもその幅広さは(もちろんそれら個々の役の十二分な完成度とともに)おそらくトップクラスだと思うが、同じようなオールラウンダーとしてはどの方の名前が挙げられるだろうか。さしあたり思いついたところでは、茶谷氏、御苑生氏、一色氏、そして(意外にも)みる氏は、特定の役柄にとらわれず様々なタイプのキャラクターに配役されてきたように思う。一色氏の掘り下げと振れ幅を兼備した超絶技巧については最早贅言を費やすまいが、茶谷氏はメインヒロインから脇役まで、陽気なキャラもダウナーヒロインも、そして邪悪ロリ(『桜吹雪』)から老婆役(『ゆのはな』)まで、底の割れない多芸ぶりを披露してきた。御苑生氏も、可憐なヒロインから、凛々しいキャラクターから、ダーク系タイトルの登場人物から、乳児役(『俺と5人の嫁さん~』)まで、役を選ばない芝居に挑戦し続けている。みる氏も、よく知られているとおりいくつかの十八番――『CloverPoint』に代表される妹キャラや、『MERI+DIA』のような邪悪ロリ――があるものの、そのキャリア全体を通して見ると様々な役をこだわりなく演じていることが実感される。そういえばまき氏も、わりとどんな役でも幅広く演じていて、そしてしかもどれも常にまぎれもなく「まきいづみ」であり続けている、稀有な役者の一人だ。
  他方で、特定のキャラクター傾向で頻繁にキャストされる役者や、得意なキャラクター類型のある(と自ら称する)役者も多い(――もちろんそれは、その役者の適性範囲が狭いということではないし、あるいはそもそも役者の資質はその広狭によって判断されるものではなく、ましてや単なる声色のヴァリエーションの広さの問題ではないが)。さばさばした年上系キャラの名手、寡黙ゴスロリといえばこの人と言われる職人、ツンデレ声優、年下元気キャラでは右に出る者のいない声優、異様にMキャラ芝居がしっくりくる方、杏子御津、等々。


  萌花ちょこ氏の芝居は信じられると思った。



  2013/06/02(Sun)

  良い作品はBGMも記憶に残る、あるいはむしろ、作品コンセプトに即応して作曲され物語の中で効果的に使用されたBGM群は作品全体をプレイヤーに対して深く長く印象づける力を持つ。BGMのほんの数小節を思い出すだけで、その作品をプレイしていた時間とその中で経験したことの全てが自分の中に取り戻されたような気分になる。それらのBGMがその作品の他の諸要素としっかり結びついて独自の個性を作り上げていたからこそ可能になっていることだが(――この点では、本編から切断された主題歌よりも、本編中で繰り返し流れるBGMの方が、なかんずく主題-変奏型BGM編成の中心的な一曲こそが、最も際立った存在となる)。
  ただし、意外に思われるかもしれないが、(少なくとも私にとっては)そのような喚起作用が最も強いのは、BGMが脚本進行と結びついているAVG作品ではなく、BGMがシステム進行と結びついているSLG作品の場合であるように思われる。それはおそらく――おおまかに区分して述べるなら――読み物AVGにおけるBGMが「脚本や画像とともに提示された音楽」であるのに対して、SLGにおけるBGMは「自分がプレイヤーとしてゲームに向き合う時に聴いていた音楽」であるという違いに関わっている。このような、プレイヤーとしての姿勢という点において、私の中では、どんなに単純な「SLG」作品であってもSLGはSLGだし、また、いかに複雑なフラグ体系を、あるいはどれほどユニークな進行制御システムを伴っていても、AVGと見做した作品に対する向き合い方はSLG作品と向き合う際の姿勢とはどこか異なっている。その違いをあえて概括的に述べるなら、一つには作中世界を広く見通そうとする(主として認識の次元での)感覚――これを「俯瞰」という一語に代表させてしまってよいかどうかは、いささか躊躇されるところだが――、そしてもう一つは、その世界に対して(主に実践の次元で)一アクターとして「参加」するという要素あるいはその意識、この二つを感じられるかどうかだろうか。


  最近では、TDの外延が拡大している、あるいは当初のものとは異なる広義の用法が普及している、ということだろうか。すなわち、1)マップ上をユニットが往来するリアルタイム進行のSLGであり、2)プレイヤーは自軍ユニットへの直接的な行動指示は行わずユニット配置のみを行い、3)一定時間でインターミッション(仕切り直し)があり、4)「防衛戦」の体裁を採っている(侵攻者を完全撃退することを目標とする)ゲーム、といったほどの意味合いで。「侵入者に突破されるとゲームオーバーになる」という要件は、しばしば緩和されている。この広義の概念では、「Tower(塔)」の要素は希薄になっており、アダルトPCゲームでいえば『巣作りドラゴン』『デモニオン』『門を守るお仕事』もこのカテゴリーとして語られる――不明瞭にもそう語られてしまう――ことがある。
  外延の拡大とともに、意味は曖昧になっていく。『巣作り』はいったん戦闘開始するとインターミッションに入るまで一切指示ができない(つまり一般的なTDとは異なって、介入余地がそもそも存在しない)という点で、TDの理念型的モデルから見ればマージナルな存在となる筈であり、これを「TD」の語とともに語ることにどれほど(あるいはどのような)意味があるのかはかなり疑わしい。同じブランドの『Dancing Crazies』も、完全オート進行であるという点と、防衛を目標とするのではなく敵ボスユニットの撃破を目標とするという点に鑑みれば、おそらく上記のような広義のTD概念にも当てはまらない。『門を守るお仕事』は、最終防衛線を突破されれば即時ゲームオーバーになるというルールに関してはいかにもTDの存在を踏まえているように見受けられるが、プレイヤーの介入(操作)機会を含めて戦闘パートの進行はリアルタイム制ではなくターン制であり、そしてゲームの主眼もTDの醍醐味とは異なる地点が目指されている。アダルトゲームの中で最もそれらしい作りになっているのは『デモニオン』だろう。ただしゲームオーバー条件は緩和されており、その最終ラインは(プレイヤーキャラであるところの)魔王ユニットであって、彼には一定の耐久力が設けられていて突破即ゲームオーバーにはならない。『ママトト』は、自軍ユニットをプレイヤーがその都度操作(行動命令)するので、おそらく該当しない。『忍流』にもオート防衛戦パートが存在するが、完全オート戦闘である点、ゲームオーバーにならない点(財産的損失は生じる)、ゲームシステム全体の中で占めるウェイトがかなり小さいという点も併せて、この作品がTDと呼ばれることはまずあるまい。


  箱の話。「スリーブ箱」(中箱の外に筒型の外装を被せるタイプ。外装の上下は中箱が露出している)をあまり見かけなくなった……ような気がする。最近のパッケージは、「ワンピース箱」(一体型の箱で、横に開くタイプ)か、少なくとも「キャラメル箱」タイプ(外装の上下にも蓋が被せられている)が大半になっているのは、やはり商品として外観の見栄えが重視されるようになっているからだろうか。
  おそらく2006年から2009年にかけて、スリーブ箱タイプのパッケージが激減している(――言い換えれば、それ以前にはかなり多かった)。私が持っているタイトルの中で見ると、たとえば、F&C(2006年発売の『エーテルの砂時計』はスリーブ箱だった)、ねこねこ(2006年の『Scarlett』)、Terios(2006年の『Chanter.』)、TechArts系列(2006年の『瑞本つかさ先生の~』)、Meteor(2006年の『CloverPoint』)、キャラメルBOX(2008年の『とっぱら』)、SkyFish(2008年の『鋼炎のソレイユ』。『キス恋』『はるとま2』もそうだったかも)、light(2009年の『タペストリー』)などが、スリーブ箱を採用した最後の一群だと思う。最近のタイトルにもスリーブ箱があったかどうかは……うーん、案外こういうことは憶えていないのだった。店頭に行ってみれば一目瞭然なので、今月末にでも確認しておきたい。
  パッケージの美観に至るまできちんと配慮されるようになっているという意味では、私はこの変化を好意的に捉えている。一万円近くする商品なのだし、こういう外的な要素でもユーザー(=消費者=購入者)に満足感を与えることはけっして無駄ではないと思う。
  キャラメル箱タイプは開封時に蓋のベロ部分(内部に挟み込んだ部分)が真ん中で折れ曲がってしまうことがしばしばで、それを嫌って定規で丁寧に開ける人もいるらしい。私はあまり気にせずに開けてしまっているが、でぼの巣やEscu:deの箱は――質の良い紙を使っているのだろうか――折れ曲がることがほとんど無くきれいに開封でき、そのおかげで「きれいに開けられる気持ち良さ」はよく知っている。



  2013/06/01(Sat)

  予約券を見た店員さんから教えてもらうまで、『BRAVA!!』が延期していたことを知らなかった。
  他は買えたからいいけど。

  [ http://www.getchu.com/brandnew/761793/c761793charab4.jpg ]
  こんな感じの輪郭のショートは大好きです。もっと外ハネしているのも好きだけど。
  現実では、つややかな長髪はほんとうに素晴らしいものだけど、その美質は必ずしもCG上の表現には引き継がれない。つまり、そのための手間、髪艶の大きな広がり、流れゆらめく美しさ、そして稀少性、そうしたものによって他のヘアスタイルから差別化することが容易ではない(――ゲームCGの場合は、髪の動きを表現しづらいという点だけでなく、後ろ姿をプレイヤーの前に見せる機会が乏しいという点でも、長髪の魅力はどうしても減殺される。この点に関していえば、ツインテールは、長髪を横に張り出させてその房となった頭髪の動きを自由に造形できるという強みを持っている。ツインテールがしばしば勝ち気なキャラクターに付与されあるいは人気を博しているのは、この表情のつけやすさという事情も関わっていると思われる)。だから、他のヘアスタイルの魅力も、もっと自由に追求されるべきだろう。

  『Qualiaffordance』はDVD三枚組で、要求されているHDD容量は15GB。「全編フルアニメーション」のタイトルなのでこの規模になるのは当然なのだが、インストールの手間は面倒だよね……。ディスクを入れたら最初は最小限のデータだけを読み込んでゲーム開始して、プレイ中にバックグラウンドで残りの部分をインストール進行していく、というような設計に出来ないものだろうか。ユーザー環境次第で、インストール完了までの時間が確定できないので、スムーズな移行を確保するのは難しいかもしれないけど。

  五年くらい前までは、アダルトゲーマーたちのPC環境はわりと古いものが多いという認識があった。メーカー側でも、ユーザー環境(インストール容量、画像処理能力、ディスクドライブの有無など)への配慮に腐心していた節がある。しかし、ここ数年で、おそらくXPからwin7(2009)への移行に伴って、そうした制約はかなり解消されてきているように感じられる(――単なる印象論だが)。2009年頃には、たとえば、メーカー公式サイト等のスペックデータの欄に要求HDD容量が書かれることも稀になっていたと記憶している。
  2009年発売の『アリス2010』収録のミニゲーム「わいどにょ」は1280*720解像度を要求しており、これは当時としては、ユーザーに受け入れられるぎりぎりのタイミングだったと感じていた。このブランドが『エスカレイヤー』(2002年8月)をDVDメディアで発売した(※ただしCD-ROM版と同時発売)ことも思い出される。その当時私は……こほん、当時はまだ可愛らしい男の娘でしたが。


  さて、今度は海峡を渡るか……。
  海行かば 水着で遊ぶヒロイン
  山行かば 草原を走るヒロイン
  男の娘の 辺にこそ死なめ
  かえりみは せじ


  『ぱ・ぴ・こ・ん』(2005)では、デビュー最初期の民安氏(の演じるキャラ)が「エビくいてぇ」を念仏のように連呼していたなあ……ということを、生エビに当たって苦しみながら思い出しました。(どうやらアレルギーを発した模様。加熱したものなら大丈夫なんだけど。) 『ひめしょ!』では立花舞キャラがエビ着ぐるみ立ち絵で登場していたり、『D+[VINE]LUV』にはエビの寿司(消費アイテム)があったり、『ぼくのむしかご』には巨大エビが、いや、赤サソリだったか。そういえば「海老原」という名字のキャラクターもわりと多いような……。
  後日追記:対照実験により、やはり生エビであろうと確認できた。つまり、他は大丈夫なので、今後もお寿司やお刺身をたくさん食べていきたい。

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